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レコーダーから流れ続ける太宰と森との対話は、
律儀で忠僕な中也を黙らせるには十分な内容だったようではあるが、
それでもそうなると次には挙げたこぶしをどう降ろさせるかという大事が待つ流れ。
「…失礼します。」
「…っ。」
中也の身へと芥川が伸ばした黒獣が、黒衣の陰からやはり同じ盗聴器を幾つか摘まみ出しており、
「森さんとしては手を引くそうだよ。武装探偵社に下駄を預けるそうだ。」
何か厭味ったらしいことでも言い残すかと思ったが すんなり引いた御仁だったので、
最初っからそこまで織り込み済み、
むしろ後始末という面倒ごとをこっちへ押し付けた感があったのが癪だがねと連ねた太宰であり。
みっともなくも昏倒したままな壮年を顎で示し、
こやつの鏖殺はさほど重大事だと構えてなかったらしいと伝えれば。
「……。」
何とも苦々しそうに口許を歪める重力遣い殿であり。
自分のみならず愛し子までも その真摯な心持を試されたような歯がゆさや
頂点まで達していた怒りなどなど、
いきなり収めろと言われてもなかなか出来ようものじゃあなかろう。
ましてや、日頃我慢強い御仁が怒髪天状態まで行ったのだ、
その憤懣をただ飲み込めといったって それこそ酷なゴリ押しだろう。
“……。”
そのような状態の中也を取り成すなんて荷の重いことは、
年少未熟な後輩の自分たちには到底無理な相談で。
上司と師匠との直接のやり取りとなった場を邪魔するわけにもいかぬ、
では何をしようかと見まわした芥川の視野に収まったのは、
依然としてフロアの床へへたり込んでいた虎の子くんの姿。
静かに先輩二人の傍から離れた芥川が、間近まで寄れば流石に気づくか、
「あ…。」
どこか茫洋とした目で見上げてきた敦へ、
シィと口許へ指を立てて黙らせ、羅生門を巻き付けて回収し、
こっちへ来いと、消耗しきった彼を退避させた芥川。
先達らからやや離れたところで この隙にと介抱に取りかかったものの、
「……。」
ああこれは中也さんも真剣に怒るわなと、
脾腹辺りに鮮血を滲ませたおとうと弟子くんの悲惨な容態に眉をしかめる。
薄手のジャケットにまで染み出した鮮血は黒々と痛々しく、
自分の襟元から引きちぎった、領巾のようなジャボ-タイを強く押し当て、
サスペンダーがあるのだからと敦本人のベルトを引き抜きその上からキツク押さえる止血帯の代わりとする。
流石に痛むのか眉を寄せはした彼で、
意識はあるのだ、そのまま命にかかわりそうな重篤状態ではないものの、
あちこちに及ぶ傷がなかなか塞がらぬ様子なのは、この少年に限っては不審でならず、
「貴様。超回復はどうした。」
いつもはそれへ頼って無謀をする彼なのを叱る芥川だが、
こたびはそういう無茶をした彼ではなかろう。
だというに、あの急速な治癒が機能していないとはどういうことか。
まさか、いつぞやに凍死しかかった折のよに、発動していないのかと声が低くなった兄人へ、
「うん…それがどうにも、」
敦自身も困ったように絞り出すよな息をつく。
何しろ中也とのこんな格好での直接の対峙となったのは初めてのこと、それだけに緊張感が物凄く。
それが妙な雲行きになだれ込んだせいで一気に気が抜けた反動か、
身も心もぼややんとしてしまい、何とも集中できずにいるらしい。
「弾丸は何とかひり出したんだけどもね。」
ほらと手のひら開いてさして大きな口径でもなかった弾を見せ、
一番重篤な傷へは何とか回復の異能も働いたようだが、
「もう大丈夫なはずなのにね。
どっと疲れちゃってて まだどこか緊張しているのかなぁ。」
恐らくは心身ともに疲労困憊で異能が思うように立ち上がらないのだろう。
そういった特別な身ではない者がやや重い怪我を負ったという按配か。
それだけの緊張の中にあったのは理解も及び、しようがないなと芥川も眉を寄せたが、
宥めすかしても叱咤激励しても何ともならぬ状況らしいのは明白で。
すぐ傍らに身を寄せ、くったりと力の入らぬらしい痩躯を支えてやりつつも、
止血の処置だけ施して、安静にさせとくしかないのかな、
だが、結構失血がひどいから貧血起こさないか、
此処って空気悪いから…などと案じていた黒の覇者殿、
「あ…。」
ふと、何か思い出したらしく、
外套の衣嚢からシガレットケースみたいな薄い金属製の小箱を取り出す。
気管支が弱い身、さすがにタバコなぞ嗜んではいない彼ではあるが、
それでもそれは敦にも見覚えのあるツールであるようで。
「…あ。それ。」
「ああ。入れたままになっていたようだ。」
心なしか表情が明るくなったのへ芥川のほうでも笑んでやり、
そこもシガーケースと同じで ぱかりと真半分になるような形状の蓋を開け、
「どれがいい?」
「うっとぉ、」
碁石くらいの大きさの何かがざらっと入っている中、
選ぶように尋ねれば、何とか首を伸ばして弟くんが中の一つへ指先を翳す。
「これがいい。きっとキャラメルだ。」
「よく判るな。…ほれ、あー。」
「あー♪」
細い指先が器用につるりと銀紙をはいで、
出て来たのは濃い褐色のチョコレート。
それを手づから ほいと口へ入れてもらい、もむもむと味わって。
よーしと目を閉じ集中した虎の少年。
風でも吹き込まれたか ぽんと膨れたシャツの破れ目から
一瞬ほど虎の毛並みが見え、戻った肌にはもはや傷はない。
よしよしと兄人も いい子だと褒めるように口許ほころばせ、
「次は此処。」
するり顎を支えられ、頬を親指の腹で撫でられた敦。
うんと頷くとやはり目を伏せ ウンとやや力めば、
またぞろ虎の模様が出たあとは するんと何もない肌になっており。
「はあ、また疲れてきた。」
「判った判った、此れでいいか?」
「うん♪」
細い指先が銀紙をほどくの、ワクワクと待ち受け、
「 …あー。」
「あーvv」
摘まんでほれと差し出されれば、何の警戒もなく口を開けて待つ。
もはやピクニックか母と子のおやつタイムと化している後輩たちへは、
何やら消化不良状態な問答をしていたはずな先達二人も、眉をひそめて中止せざるを得なくって。
“ここは修羅場のはずだよね、さっきまで命のやり取りしてたよね。”
“お、おう。”
そんな目線を剣突きあってた同士でやり取りしてから、
「何なの、それ。敦くんに芥川くん。」
「あ、お構いなく。」
何なに、なんでそんな和んでるの?キミら。あーってなに、あーってと。
人の機微へ良くも悪くも…恐らくは隙を見つけて付け込むためにか 鋭くなった探偵社の策士殿が、
あまりの和みようへだろう呆気にとられていて。
キミらの真摯な対峙を混ぜっ返した報復かい?とまで深読みし、怪訝そうにしていたものの。
ふと…傍らで同じように毒気を抜かれて呆然としている中也に気づくと、
その視線を斜め上のあらぬ方へと放ってから、
「…オレンジピールとかあるの?」
こつりと靴音を立て、彼らの方へと歩み寄る。
「あるはずですが。」
「あ、これだよきっと。」
随分と復活できたらしい敦が細かいハート柄の銀紙のを指差し、
それを摘まみ取った芥川が暗がりの中で危なげなく剥いてゆく。
へえ、こんな暑い中でも溶けてないんだ。
梶井が作ってくれました、夏に塩飴を入れるケースです。
ふぅん。あ、私にも あーしてよ、芥川くん。
え?///////
長い脚をひょいと折って屈みこみ、
太宰までが加わった、こんな場での微妙なお茶会もどきへ、
「ああもう判ったよっ。」
置いてけぼりだった最後の一人が やや声を荒げてそうと言い出す。
引っ込みがつかないまま、一人尖っているなんて莫迦みたいじゃあないかとでも思ったか、
背広の背を鷲掴んでぐいと持ち上げ、依然として人事不詳中の支社長の身をデスクへ乗っけた中也。
それから…と、
「こっちは、帳簿を始め、営業内容の全容データを引き出しといたメモリーだ。」
先程 此奴が言い出さずとも既にデータを引き抜いてたらしいそれ、
小さなフラッシュメモリも支社長の背へ乗っけると、
「これは両方くれてやるよ。」
忌々し気にそうと言い放った彼で。
とはいえ、それで済ませては話にならぬか、
いつもの黒帽子の胴を手のひらで押さえ、ぐいと頭へ押し込むと、
「だが、こいつは破棄させてもらう。」
「…っ。」
言ったそのまま後背へその身をひるがえし、
一見するとただの壁のようだった背後のユニットへ向き合って、
ぶんと脚を振り上げ、鋼をも抉って凹ませる強烈な足蹴りを食らわせる。
そこにメインデータを収納したサーバーがあったようで、
扉がへしゃげ、一部割れて落ちた隙間から覗いた
それらしき基盤や何やに火花が走ったので、
これは物理的にお釈迦になったとみていいだろう。
「ありゃまあ。」
データとしてはしっかと、此処の運営活動の全容がメモリへ収納されているのだろうが、
とはいえそれはあくまでも“コピー”だ。
改竄の痕跡があろうとなかろうと関係なく、
刑事事件の公判へ証拠として持ってくのは微妙なそれで。
様々な物的証拠から、薬物流出という犯罪行為は立証できても、
「そっちの依頼主、軍警の新しいトップとやらの目論み、
マフィアまでの関係を辿って芋づる式にお縄って段取りはちょぉっと無理な話だろうよ。」
「だよねぇ。」
「「???」」
直接あった指示の奥に、もっと深い何かがあったらしいこと、
文書にされていずとも読み取っていたらしき先達組がそんなやり取りを交わすのへ、
年若な二人が小首を傾げているが、もはや知ったことじゃあない。
肩を落とすほどの溜息を一つこぼすと、中也もまたこちらへ歩みを運び、
「おーし、芥川、ビスタチオのはあるか?」
「え…。」
「中也さんこれですよ、これ。ボク、剥きます。」
「キミらねぇ…。」
途轍もなく緊張していた修羅場が一転、全員参加の団欒の和と化してしまう。
時折何かが焼け落ちて、どさりと落ちる気配があったが、
そんなの知ったことかという強腰は、一部やけくそ気味のそれ。
ともあれ、ヨコハマの夜を引き裂かんとするよな修羅場の一幕、何とか無事に収拾したようである。
to be continued. (18.04.28.〜)
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*空転直下のもぐもぐタイムです。
いやあの、修羅場だってのに何やってんだお前らという、
ほのぼのタイムをどっかにいれたかったんですよね。
ウチの新双黒は、ホンマに仲良しですvv

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